城田実さんコラム 第37回 フリーポートと資源ナショナリズム (Vo.80 2018年11月12日号メルマガより転載 )

 世界最大級の金・銅鉱山グラスベルグの開発、操業、生産を行っている米国鉱業大手の運営子会社フリーポート・インドネシア(FI)社。この名前を最初に聞いたのはいつ頃だったろうかと記憶をたどっていくと、私自身のインドネシアとの関わりのあれこれが、それに引きずられるように思い出されてくる。それほどにこの会社は、あたかも大きな山岳がその周りに深い陰を広げるような存在感があった。


 最初に思い出すのは、まだ大使館勤務を始めて間もない1980年前後のころ、インドネシアの環境問題に熱心に取り組んでいるある日本人からFI社による環境破壊の写真を見せられた時だろうか。当時はジャカルタから飛行機で東京に戻るのと同じくらい遠いパプアのそのまた山奥のまっただ中にある鉱山での出来事を、恥ずかしながらその時の私は真剣に考えずにやり過ごしてしまった。

 その次は、親しくしていた若い軍人から、FI社の所在地域は軍人として避けられない辺境勤務の中では相対的に快適だという話を聞いた記憶が蘇る。都会生活とは隔絶した場所だが、FI社がなんでも面倒を見てくれるということらしい。逆の見方をすれば、国軍がFIの事実上の警備兵になっているようなものか、とようやくシビアな現実の一端を見る思いがした。今でもFI社所在のミミカ県の地域総生産の90%、パプア州の45%はFI社に依存していると言われており、同社の経済的な存在感は圧倒的である。まして当時は政府機関ばかりか軍まで事実上、FI社に取り込まれていたのが現実なのだろう。環境問題などFI社は気にも留めなかっただろうし、労務や税務でも行政の監督は満足にできなかったろうと思う。


 インドネシアは自国の天然資源をいかに国民全体の生活向上につなげるかという課題を民族的な目標としてきた。この目標は45年憲法の33条として、パンチャシラ(建国5原則)と並ぶ憲法の最大の眼目と言ってもあながち間違いではない。インドネシアの学生活動を大使館で担当していた時、ある学生が語っていた。スカルノ初代大統領は外国企業を政治で強引に国有化したが経済破綻を招いた。次のスハルト大統領は外資を導入して産業を育てたが、潤ったのは国内では一部の(華人系)インドネシア人ばかりだった。いつになったら独立の理想が実現できるのかと彼は悔しがっていた。


 前回の大統領選挙キャンペーンでも、「インドネシアの豊かな資源が外資に収奪されている」という訴えが素朴な国民の共感を集めていた。今回も「ジョコウィ大統領は外国の手先だ」という攻撃がFI社や石油開発利権などを指していることは大統領自身も認めている。豊かな資源に恵まれたインドネシアが、その資源を国民全体の福利につなげられていないという歴史的なトラウマは今も完全には払拭できないのだろう。インドネシア共和国内で独立した主体のように振舞ってきたFI社はしばしば、そんな資源ナショナリズムの象徴的な存在になってきた。 


 そのFI社が今年中には、株式の過半数をインドネシア側に譲渡し、会社の運営もインドネシアの国内法に基づいて行われることが本決まりになったと報じられた。関係者には感慨ひとしおだろう。その交渉にはグローバル経済に精通した財務相、国営企業相、エネルギー相の3閣僚を充て、FI社のインドネシア化の受け手と言うべき国営イナルム社の社長に最大手国営銀行の頭取経験者を据えた。ややもすれば暴走しがちな民族感情にしっかりと市場メカニズムの枠をはめながら目的を実現しようとする大統領の慎重な姿勢が窺われる。もし新生するFI社が期待通りの実績を上げることができれば、インドネシア独立史の強い縦糸になってきた資源ナショナリズムに大きな区切りがつくのではないかと、密かに期待している。(了)

チカラン日本人会 (CJC)

西ジャワ州ブカシ県チカランやカラワンに住む日本人の集い「チカラン日本人会」は2015年11月に発足。地域のさまざまな情報を交換し、問題を共有、解決を図る組織を目指していきます。

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