城田実さんコラム 第48回 ジョコウィ内閣のヤジロベエ (Vol.124 2019年11月13日号メルマガより転載 )

  第2期ジョコウィ内閣の閣僚名簿を見ながら、あることないこと想像を巡らすのはなかなか面白い。数多くの評論があるので既に誰かが同じ感想を述べているかも知れないが、この内閣には沢山のヤジロベエが組み込まれていて、全体でなんとかバランスを保つような仕組みになっているではないかと想定してみると、想像力がさらに刺激される。本当はどうなのかはもとより知る由もないが、頭の体操にはなりそうだ。

  

  組閣の最大の関心事はやはり、大統領選挙を争ったグリンドラ党との大連立はあるか、あるとしたらプラボウォ党首は入閣するか、であった。結局、プラボウォ氏が国防相として入閣したが、大統領選挙で接戦を演じた個性の強いプラボウォ氏が閣内に占める重みは非常に大きいだろう。ただプラボウォ陣営でムスリム大衆動員の中核的役割を果たしてきた急進的なイスラム団体や福祉正義党の活動家は大連立に失望してかなり離反しているようなので、現時点では彼の重力の中心は退役軍人やプラボウォ流の民族主義グループであろう。

  この重力に対応できる人物としては、スハルト大統領退陣を巡る大混乱の中でプラボウォ氏と鋭く対立したウィラント大臣(当時の上司)がいたが、今は閣外に去っている。しかし、プラボウォ候補に対抗する退役将軍らをジョコウィ陣営内で組織化したルフト調整相は健在で、新内閣では投資分野にまで管轄を広げたのでその実力と大統領の信頼は更に高まっている。彼ならプラボウォ氏のヤジロベエの相手になりそうだ。

  プラボウォ氏には過去の人権問題という弱点があるが、同氏の軍規違反を裁いて結果として同氏を海外逃亡に追いやった国軍将校倫理会議の副議長だった人物、ファハルル・ロジ退役大将が宗教相で入閣した。同氏は選挙中に「過去に人権問題を抱えたプラボウォ候補は大統領の資格はない」と発言したことがある。しかも同氏はルフト調整相が実質オーナー会社の監査役でもあるので、バランスはルフト側に傾いているかも知れない。

  プラボウォ氏の側でロジ宗教相に対応しそうな人物を探すと、エディ海洋水産相だろう。エディ氏は、国軍士官学校を退学させられた後、プラボウォ氏と巡り合って同氏の支援で大学に進学して以来、プラボウォ氏の忠実な腹心として同氏の海外逃亡中にも付き従っていたらしい。士官学校でトラブったのもプラボウォ氏に似ている。


  プラボウォ氏を巡っては与党内部も平穏ではない。大連立に対して闘争民主党を除く野党はこぞって反対したが、その中心人物はナスデム党のスルヤ党首だろう。同党は、MRTでジョコウィ・プラボウォ和解会合があった後に急速に進んだ大連立の流れに対して一貫して様々な牽制活動をしている。最近は野党連合の再建かと受け止められかねない動きまで出ていて、単なる「牽制球」が「危険球」に変わりそうな気配も見える。目標もプラボウォ氏でなく闘争民主党と大統領に向いているようだ。

  同党は先の選挙で大きく躍進しているので、その動きには勢いもある。そして同党の存在感は地方で更に目立っているようで、与党内には前々から一部で疑心暗鬼が生じていた。検事総長ポストを獲得したナスデム党が、汚職疑惑その他の情報が集中する検察を通じて政治工作を行なっているとの疑いである。闘争民主党の某幹部は、複数の同党所属地方首長が汚職疑惑をちらつかされてナスデム党に移籍した例を挙げ、ナスデム党への警戒感を露わにしていると言う。

  こうした事情を背景にして新内閣では、検事総長ポストをナスデム党から取り上げ、最高検察庁の民事等担当次長で引退していたブルハヌディン氏が任命された。中立のキャリア検事の登用と思われた。しかし同氏は、昨年の西ジャワ州知事選挙で闘争民主党が単独で公認したハサヌディン氏(同州の党支部長、退役少将)の実弟である。新検事総長があからさまに政治的に動くとは考えにくいが、仮にナスデム党が過去に検察を利用して政治介入したことが事実だとすると、脛に傷持つ同党にとってはこの人事は強力な牽制球になるであろう。ここにも小さなヤジロベエがある。

  与党内にはその他にも、副大統領を輩出して影響力拡大に意欲的なナフダトゥール・ウラマや民族覚醒党を巡る動きなど、まだまだヤジロベエがありそうである。


  第1期ジョコウィ政権の終盤あたりから目立っている治安優先の権威主義的な傾向は新内閣の顔ぶれでむしろ定着したという印象を受けている人が少なくない。デモ対策などの治安の直接責任者だったティト国警長官が内相に就任し、治安とも絡んで政府が重視する過激思想対策として宗教相には異例の軍人(退役)が登用された。

  この悪い印象を薄めるためという訳でもないだろうが、政治・治安等担当調整相にマハフド元憲法裁判所長官が就任した。1978年の初代パンガベアン大将から14代目で初めて文民がこの職に就いた。同氏は公法研究で博士号を取得しイスラム大学学長などを努めた学者であるが、国防相や法相も歴任している。パプア人への人種差別で暴動が勃発した際には、メディアのインタビューで文化的で人道的なアプローチの大切さを説いていた。

  彼は治安関係閣僚との関係の他に、ヤソナ法相ともヤジロベエ関係になるかも知れない。ヤソナ法相は悪評高い汚職撲滅委員会法改正を実現させた政府側の代表で、組閣を前に辞任していたが再び任命された。他方、マハフド氏は、持ち前の明快な議論で、大統領が緊急政令を発出してこの改正法を見直すよう提言し、大統領も同氏の発言には耳を傾けていたと言われる。同氏は閣僚就任後、改正法について個人的な意見は変わらないが、内閣に入った以上は大統領の決定に従うと述べている。法務省関係ではその他にも、人権や市民的権利その他で深刻な不備が指摘される刑法改正を始め多数の重要法案が待ったなしの状態なので、論客のマハフド氏の対応を含めて、このヤジロベエには注目度が高い。


  大統領は、「閣僚個人のビジョンやミッションは存在しない、あるのは大統領の方針だけだ」と述べて、国政に当たる自信を示している。閣内にある多くのヤジロベエでバランスを取りながら、最後に全体は自分が責任を持って動かす覚悟なのだろう。

  他方で多くの市民団体や有識者らからは、汚職撲滅委員会のノフェル捜査官が襲われて失明した事件ですら、大統領は警察長官に徹底捜査を指示したと言うのみで結局2年半の間、殆ど捜査に進展がなかった例などを挙げて、国民が期待しても多くの敵を作り出すかも知れない案件では大統領は判断を先送りしたり曖昧にしてきた、と厳しく批判している。上述のマハフド氏の発言ではないが、大統領の姿勢でヤジロベエは方向を変える。ヤジロベエがいつの間にかみんな同じ方向にしか動かなくなることのないよう期待したい。(了)


  

チカラン日本人会 (CJC)

西ジャワ州ブカシ県チカランやカラワンに住む日本人の集い「チカラン日本人会」は2015年11月に発足。地域のさまざまな情報を交換し、問題を共有、解決を図る組織を目指していきます。

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