城田実さんコラム 第49回 過激思想防止への危惧 (Vol.125 2019年12月25日号メルマガより転載 )

ティト・カルナフィアン (Tito Karnavian) 内務相



   「過激思想が社会に浸透するのをどのように防ぐか」というテーマが第2期ジョコウィ政権の重要政治課題に浮上しているように見える。テレビの政治討論会でもしばしば取り上げられ政治家や専門家の間で賛否こもごもの熱い議論が交わされている。

   ジョコウィ大統領は大統領再選後の最初の政策スピーチ(7月)で、20分ほどの短い挨拶の最後に演説時間の1/3ほどを使って、国民の団結と国家の一体性を訴え、国是5原則のパンチャシラを損なう動きに対しては容赦をしないと断固とした口調で決意を示していた。従って、過激思想が若者や公務員にまで広がっている現状を政府が深刻に受け止めているという認識は広く共有されていた。


   その「過激思想の防止」に向ける大統領の真剣さが改めて示されたのは第2期内閣の組閣結果発表の時だろう。宗教大臣に、大統領選挙勝利に極めて大きな貢献をしたイスラム団体NUから激しい反発があるのを承知しながら敢えて異例の軍人を登用し、任命にあたって過激思想対策を特に指示したのが象徴的だった。その他にも、テロ撲滅作戦での功績をきっかけに警察長官にまで昇進したティト内務相、国際的なイスラム過激組織の国内大衆団体を非合法化する際に手腕を発揮したチャハヨ・クモロ公務員育成相(前内相)、イスラム育成会議の委員だったマハムド政治治安調整相など、一見すると過激思想対策の「閣僚シフト」と見えないこともない。

   過激思想対策は関係閣僚が今後もそれぞれに講じていくものと見られるが、これまでに最も注目されている政府の具体策は、「公務員の過激思想対策」に関する11省庁合同決定であろう。これによって過激思想に染まった公務員に対する国民からの告発を受け付けるサイトがネット上に開設されることになった。どういう言動が規制の対象になり得るかは11項目で示されている。例えば、パンチャシラや国家の一体性などを嫌悪させる内容の意見やビデオなどを表明したり拡散することや、人を惑わす報道やそれを拡散させることなどで、ネット上に載った規範違反の通信に「いいね」などと賛意を表示したりリツイートする行為も含まれる。パンチャシラを「侮辱する活動」に参加することも違反行為になる。素人目に見ても、これはかなり粗雑で荒っぽい規定だ。

   この合同決定については、これでは公務員が萎縮して業務に集中できないし、そもそも「過激思想とは何か」が曖昧な上に、規範違反となる11項目も多様な解釈が可能で意図的な運用や誤用を招きかねないなどと様々な懸念や批判が噴出している。普段からネット上では誹謗中傷が氾濫しているのに、混乱が更に広がると心配をする人も少なくない。


   過激思想の浸透は、テロ行為に繋がる土壌を提供するだけでなく、独立以来、国家の一体性を支えてきた民族的な基本理念をも危うくしかねないので、その防止自体については基本的に国民的な意識の一致があると考えて良いだろう。しかし、スハルト政権の時代には、パンチャシラのイデオロギーの普及を国家事業として展開して国内の思想統一を図り、結果として強権的な権威主義体制を支えることになったという歴史的な教訓がある。このためもあって、今回の過激思想対策が政府批判を牽制したり、政治的な反対勢力を抑圧する手段に使われないかという危惧が根強く存在する。また、改革の時代から20年を経て、思想と表現の自由などの市民的な権利がようやく民主主義を支える基盤として社会の間に根付いてきたのに、この芽を摘むような結果にならないかと心配する声もある。

   米国や欧州、そして日本など世界的に各国が内向きの傾向を強め、社会も自己中心的に他者を排除する兆しがひとつの潮流になりつつある中で、社会の多様性と人々の寛容さを国造りの大前提としてインドネシアが独立以来辿ってきた歴史も一つの試練を迎えているということなのだろうか。過去には、国民の8割以上がムスリムであるのに社会の融和と国民の結束を優先してイスラム教を国教としなかった独立の英雄たちの英知と決断があった。今、激しい選挙戦の結果、宗教や種族の違いで社会に深い亀裂が生まれたと言われるが、敬虔なムスリムの指導者たちが熱心に宗教の大切さを住民に広めながら、同時に「異なる宗教や信条を持つ人々への敬意はしっかり守ろう」と説く活動は健全だとも言う。多様性と寛容さの歴史に対するこの国の人々の高いプライドと信念にはいろいろな機会に触れることがある。世界的な潮流とは一緒にはならないというインドネシアのレジリエンスの強さも源流はここにあるような気がする。是非そうなって欲しいと願っている。(了)

チカラン日本人会 (CJC)

西ジャワ州ブカシ県チカランやカラワンに住む日本人の集い「チカラン日本人会」は2015年11月に発足。地域のさまざまな情報を交換し、問題を共有、解決を図る組織を目指していきます。

0コメント

  • 1000 / 1000