フィリピンでマンゴーにハマった。インドネシアではドリアンにハマった。マンゴーにもドリアンにも、ほとんど「恋しちゃった」状態。マンゴーとの初めての出会いや思い出、ドリアンとの長い付き合い、何百字でも語れます。ハマらなかったのは、パパイヤだ。
四角形にカットされたオレンジ色のパパイヤを最初に食べた時、子供のころからの期待(後述)を裏切られたような気がした。ワクワクさせる濃いだいだい色の華やかな見かけに反し、なんだか輪郭のぼんやりした、野菜っぽい味。甘いのか甘くないのか、はっきりしない。定番でライムを搾るのも、確かにサッパリとしておいしくなるのだが、よく考えてみるとなんだか妙な取り合わせだ。
「消化を助ける。体に良い」という理由で、特に何の感想もなく、ランチのデザートによく付いてくるパパイヤ数切れを口にしてきた。ところが、デポックのUさん宅にお邪魔した時、「今、うちのブームなの」と言って出されたパパイヤ・サラダが、これまでの「パパイヤ観」を覆すおいしさだった。
早速、再現しようと、近くのパサール(市場)へ行って、大きい黄色のパパイヤを買って来た。オレンジ色に照り映えたでかい果実の皮をむき、満を持して縦に真っ二つにすると、皮よりもさらに濃いオレンジ色の、水分がにじみ出したフレッシュな果肉が顔を出す。太陽のような明るさ。南国らしい陽性度と盛り上がりっぷりは申し分ない。黒いつぶつぶの種が気持ち悪いのだが、スプーンですくって、さっさと捨てる。
パパイヤ・サラダの作り方はシンプルで、完熟のパパイヤ(あまり熟していなくても何とかなるが、完熟を使った方がおいしい)を、食べやすい大きさにカットする。セロリまたはキュウリを千切りにする。ゆでた枝豆を加えても良い。最後に、マヨネーズで和える。
パパイヤにマヨネーズ、という発想はなかった。これは、「果物と名乗っているパパイヤを、思い切って野菜として扱う」という発想の転換ではないだろうか。
このマヨネーズが絶妙。マヨネーズの塩気で、パパイヤの甘みが引き立つ。そう、「スイカに塩」状態で、パパイヤの甘みがくっきりしてくる。みずみずしいパパイヤの水気たっぷり感と、パパイヤ特有の甘すぎない甘さが最大限に引き出され、一口食べるや手が止まりません。
セロリかキュウリは省かないで必ず使ってください。パパイヤだけだと、パパイヤにマヨネーズをかけている「ゲテモノ食い」的な抵抗感があるので、「これはサラダなのだ」と自分に言い聞かせるために、ほかの野菜も必要だ。それに、やわやわとしたパパイヤの歯ごたえだけだと、食べているうちに飽きてしまう。セロリかキュウリのシャキシャキ感が、ちょうど良い「歯休め」になる。香り高いセロリがお薦めだが、見つからない場合はキュウリでもOKだ。
味付けはいさぎよくマヨネーズのみ。ちょっと黒コショウを挽くとか、何かひと味、加えてもいいのかもしれない(と迷いつつ、まだ試してはいない)。
このパパイヤ・サラダをツイッターで紹介したところ、沖縄・西表島の方から「緑のパパイヤを割ってみて中が黄色かった時の、島のお母さんたちの落胆ぶりがひどいので、黄色かった場合の食べ方として、積極的に推奨・普及していこうと思います」というレスをいただいた。「こちら(西表)の黄色いパパイヤは軟らかくてグズグズなんですが、そちらは完熟でも角がしっかりしているんですね!」と驚かれた。
パパイヤが黄色くてがっかり、というのも想像したことがなかったが、場所によってパパイヤの種類も違うのだろうか? インドネシアのパパイヤは表面が緑色から真っ黄色まであり、十分に熟していても果肉はグズグズではなく、すっ、すっ、とナイフがきれいに通る硬さ。このサラダを作るのに最適なパパイヤだ、と言えるだろう。
私のパパイヤとの出会いは、庄野英二『アルファベット群島』。「ガリバー旅行記」的なファンタジー小説で、アルファベットを頭文字にした島々を巡る旅行記の体裁で、島の奇妙な風習などを描いている。子供のころに読んだので、ほとんどがうろ覚えなのだが、強烈に覚えているのが、大食いの島の話。
この島では、成人を迎える男性は、自分と同じ体重の豚の丸焼きを食べないといけない決まりだ。豚はこんがり焼き上がり、男性は勢いよく食べ始めたものの、だんだん速度が鈍り、付け合わせのパパイヤにばかり手が伸びるようになる。見物人からは「パパイヤばかり食ってないで豚を食え」とヤジが飛ぶ。男性はようやく豚を食べ終えたが、その途端に倒れる、という話。
これを読んだ時、豚の丸焼きも魅力的だったが、「パパイヤってどんな味がするんだろう?」とひどく引き付けられたものだ。
この話に出て来るように、パパイヤの消化酵素の働きは有名だ。以前、「キャンプの野外料理」という特集をやった時(『南極星』2011年8月号)、山登りと温泉旅行を得意とする「白猿」さんが、肉を軟らかくするのにパパイヤの葉を使った。白猿さんレシピの「牛のシュラスコ風串焼き」では、牛のかたまり肉を、パパイヤの葉柄、フィッシュソース(ナンプラーなど)、ハーブ(タイム、クマンギの葉)の漬け汁に、1時間ほど漬け込む。
インドネシアのローカル牛は硬いのだが、パパイヤの白い液汁に含まれるパパイン酵素の働きで、軟らかくする。フィッシュソースは肉の臭みを中和させ、クマンギとタイムは殺菌・消臭する。
取材したのは雨季だった。昼過ぎにキャンプ場に着き、急いで何品も料理したが、すでに雲行きが怪しく、夕方には雨が降り始めた。やがて豪雨になり、なすすべもなく、水浸しのテントに入って寝ることになった。パパイヤの葉柄と一緒に漬け込まれた肉は、一晩、放置された。
翌朝に起きて見ると、肉は軟らかくなっているどころか、繊維が溶けたような、ぐちゃぐちゃの状態。あんな状態の肉は初めて見た。無理やり串に刺して焼いたが、かみごたえがなくてグズグズの、妙な食感だった。「パパイン酵素」のすごさを身をもって知った。
パパイヤは消化酵素のバケモノ。健康のために、パパイヤ・サラダを食べましょう!<了>
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