しばらく諸事情により休載致しましたことを、遅ればせながらお詫びいたします。
前回はインドネシアのポピュラーカルチャー、特にポピュラー音楽について、研究者の金悠進(キム・ユジン)さんにインタビューしました。音楽そのものよりも、その周辺との関係性について紙面を割いてしまったのは私の関心が反映された結果なのですが、ポピュラー音楽そのものの面白さについて別の機会にまたレポートしたいと思います。
さて、今回も『東南アジアのポピュラーカルチャー』を元にインドネシア現代文化の知られざる一面を書くつもりでしたが、先日閉幕した第18回アジア大会(Asian Games) でのインドネシア大躍進を記念して、伝統的護身術「プンチャック・シラット」(又はシラット)について語りたいと思います。といっても、私自身はシラットが出てくる映画を喜んで観る程度で、自分でシラットを習ったこともないので、前回同様、その道の 専門家にインタビューして、読者の方にその魅力をお伝えできればと思います。
8月18日から9月2日までジャカルタ及びパレンバンで行われたアジア大会はオリンピックに準ずる規模だったので、日本人選手の応援で観戦に行かれた方も多かったと思います。2年後の東京オリンピックを控えた日本は中国に次ぐ総合メダル獲得数で2位、そして開催国のインドネシアは事前の予想を上回る好成績を収め、合計98個の堂々4位でした。内訳は金31個、銀24個、銅43個でしたが、これら金メダルのうち半数近くの14個がプンチャック・シラット部門で獲得、しかも同部門16種目のうちの14種目での金メダルですから、これはもう「無双」と呼ぶしかない快挙だったと言えるでしょう。
アジア大会インドネシア獲得メダル数 https://en.asiangames2018.id/medals/noc/INA
競技最終日には現職ジョコウィ大統領とライバルのプラボウォ大統領候補がそろって観戦したこともあり、メディアもこぞってこの快挙を報じる、まさに「シラット旋風」が吹き荒れたのでした。
金メダルを獲得し感極まってジョコウィ大統領とプラボゥオ大統領候補に抱きつくハニファン・ユダニ選手(背中のみ)
Liputan6.com より引用
歓喜の声に溢れる当日の会場で、観客ではなく審判として参加されていた、ただ一人の日本人、早田恭子さんとは以前からの友人でしたので、改めてプンチャック・シラットとは何か、インタビューさせていただきました。長くなりましたので、2回に分けて掲載いたします。
- アジア大会プンチャック・シラット部門での審判員としてのご参加、大変ご苦労様でした。今大会では主催国のインドネシアは16種目のうち14種目の金メダルを獲得、また 日本からも麻生大輔さんが演武部門に代表選手として出場したため、メディアに取り上げられる機会も多かったと思いますが、プンチャック・シラットに馴染みがない日本人もまだ多いので、改めてプンチャック・シラットとは何か、他の伝統的護身術とは何が違うのか、その魅力についてお聞きしたいと思います。
早田さんはプンチャック・シラットに入門されて20年とお聞きしますが、きっかけは何だったのでしょうか?
最初の動機はダイエットです。大学を卒業し社会人になったことで運動量が減ったのか、夏のセールの試着室で危機感を抱きました。一人で黙々とジムで運動するのは性に合わないと思い、当時、大学同期が参加していた東京インドネシア学校(目黒)のシラット教室を見学に行きました。そこに入会して、現在に至ります。
- プンチャック・シラットは「稲穂の教え」と他のメディアでのインタビューでも答えられてますが、これはどの流派においても共通することなのでしょうか? 日本でも知られている代表的な流派にパンリプール(Panlipur)、プリサイ・ディリ(Perisai Diri)、ムルパティ・プティ(Merpati Putih)などがありますが、これら流派の共通点とは何でしょうか?
(参考)日本プンチャック・シラット協会 各流派の解説
https://japsainfo.wordpress.com/about/
「稲穂の教え」という言い方はしていないかもしれませんが、基本的にはどの流派においても、この教え、つまり、「おごらず謙虚たるべし」が基底にあると感じています。国を問わず全てのシラットに共通するのが「稲穂の教え」だと思います。例に挙げられた流派の共通点を、ということであれば、基盤をインドネシアに置いていることでしょうか。
- それでは逆に各流派の相違点とは何でしょうか?
インドネシアに基盤を置くいくつかの流派を見聞きした中で判断するならば、相違点は創始者に還元されると思います。創始者が最も得意とした、あるいは習熟した技法や身体訓練が、各流派を特徴づけているように感じます。
- インドネシア文化の根底には古代インドや中国の影響が色濃く残ってますが、プンチャック・シラットの源流もインドや中国の護身術なのでしょうか?
明確な史料がなく、古い部分は口伝に頼るため、はっきりとしたことはわかりません。しかし、さまざまなインドネシア文化に古代インドや中国が残した影響を考えれば、古代インドや中国の身体技法が古い時代だけではなく近現代に至るまで、インドネシアに住まう人々の武術、シラットに影響を与えたことは否定できません。ただ、人間が定住・集住していく過程で、何らかの対象に対し護身あるいは武力行使を行う、という事態は地域を問わず発生しうることだと私は思います。そのため、インド・中国の護身術の亜種としてゼロ状態からシラットが発生したのではなく、地元インドネシアの身体技法がインド・中国の護身術も時には取り入れながら改良・洗練されていき、シラットと呼ばれるようになっていったのではないか、と考えています。もちろん、これは「インドネシアがゼロ状態であったはずがない、あってほしくない」というインドネシア贔屓(びいき)がもたらす考えだとも言えます。
- 今回のアジア大会でのインドネシアの金メダル独占には率直に言ってかなり驚きました。というのは、シラット協会自身がメダル目標数を金5から7と設定していたはずで、実際近年の東南アジア競技大会(SEA GAMES)や世界大会でインドネシアがメダル独占することは絶えてなかったからです。強豪のベトナムやマレーシアもトップアスリートを派遣するわけで、地の利があるにしても目標達成は容易ではないだろうと私は予想してました。結果は嬉しいことに大ハズレ! 審判の目から見て、今回のインドネシア人選手のパフォーマンスをどのように評価されますか? 今回彼らが抜群の成績を残せた理由は何でしょうか?
メダルに値するパフォーマンスを見せた選手がメダルを獲得しています。拮抗する場面もありましたが、心技体で技と体が拮抗していれば、最後の一押しをするのは「心」です。インドネシア人選手は自国開催で国技とされるシラットにかける気持ちが、他国選手よりひと際強かったのでしょう。当然、会場の熱気も後押しになったと思われます。また、インドネシアはアジア大会の自国開催が決まった時点から、かなりの長期間、ここを目標に調整してきました。ベトナムやマレーシアは2017年のSEA GAMESを山の頂としアジア大会をその次の山としていたように思えるのに比べ、インドネシアはSEA GAMESをアジア大会山頂に至る途中に据えていたように見受けられます。この辺りでも違いが生まれたのかもしれません。
- 日本からも麻生大輔さんがただ一人の代表選手としてソロの演武部門に出場、私も会場で声援を送らせていただきましたが、残念ながら予選突破はなりませんでした。素人目には素晴らしい演武だったと思うのですが、他の選手がより素晴らしかったということなのでしょうか。
(参考) 麻生さんへのインタビュー動画
端的にいえば、おっしゃる通り、他の選手の方が優れていた、素晴らしかったということです。麻生選手は素晴らしい演武と言っていただけるレベルにまで、短期間でよく仕上げてきたとは思います。しかし、彼の出場した予選A組の中で、恐らく彼が一番、総練習時間が少なかったはずです。これはひとえに、練習環境の問題だと思います。彼は最大限に自分の時間を練習に充てていましたが、日本と東南アジア諸国では”充てられる時間”の総量が全く違います。質の悪い練習をたくさん沢山積んでも仕方ありませんが、質が良い練習であれば総練習時間が多い方が演武の向上につながります。練習時間が少ないのであれば、効率や内容でカバーするなど方法はありますが、そういったフォローを協会として指導できなかったのは反省点です。
- 演武部門のポイントは型の正確さとスピード、表現力、規定時間内に終わらせることなどではないかと思いますが、他に注目すべきポイントなどはありますか?
(参考) 女子演武ダブルス部門
注目ポイントをあげるなら、得点につながる部分ではありませんが、ソロ種目(トゥンガル)とダブルス種目(ガンダ)の衣装です。自分が一番映える色や衣装を選んでいるので華やかですし、予選と決勝で変えてくる選手もいます。さらに、大人数のチームだと応援を効果音のように計算ずくで入れてくるので、選手の動きがより力強く感じられます。選手とチームの一体感が感じられ、共有した練習時間を思い起こさせます。
- 演武部門とは対照的なのが試合部門、こちらはかなり白熱する試合がある一方、試合によっては力量差が大きすぎたり、頻繁に試合が止まりすぎて観客として何が起きているのかわかりにくいことがありました。試合部門は選手負傷の可能性も高く、審判としてもかなり緊張するのではないかと思いますが、もっとも難しく苦労されることは何でしょうか?
(参考)競技シラットについて (試合部門ルール説明あり)
今大会ではワシット(Wasit:レフェリーのこと、主審)は拝命していませんが、経験上、レフェリーに必要なのは選手やチームからの信頼だと思います。“甘い主審”と判断されれば、試合のコントロールが難しくなり、違反・反則への選手の心理的ハードルが下がります。結果として負傷する場面が発生したり、違反・反則を指導するため試合を止める頻度が上がります。世代交代は常にありますが、それでも高レベルの国際大会ではコーチ、選手、審判がそれなりに顔見知りです。そこで信頼を得て技量や経験に疑いの目を向けられない主審となるには、多くの大会に参加し自分を知ってもらうしかありません。一朝一夕にいくことではないのが難しいところです。
ジュリ(Juri:採点員のこと、採点審判)として求められるのは、集中力と強いハートです。得点に結びつく攻撃を見落とさず、主審に合議を求められた際に判断ができるように違反・反則事項を見逃さないためには集中を欠かすことはできません。また、採点が機械化されて以降、観客も含めて会場の全員がリアルタイムでスコアを確認できます。採点に値する、力強く正しく入った攻撃と、観客やコーチが点数が入ったと感じる攻撃は、必ずしも一致するものではありません。結果、採点が正しくされていない(入るべき点が入っていない)と思われることも多く、ヤジが飛びます。このプレッシャーに耐えるだけの強いハートが、採点審判には必須です。
(次回に続く)
<参照サイト>
早田恭子さんのアジア大会についてのブログ http://cizma.noor.jp/j/2018AG.html#1
一般社団法人 日本プンチャック・シラット協会のホームページ https://japsainfo.wordpress.com/
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