城田実さんコラム 第40回 大統領選ディベートで見えたもの (Vo.91 2019年1月28日号メルマガより転載 )

 大統領選挙の候補者討論会が始まった。ネット上の中傷や偽情報あるいは陣営拡大の駆け引きばかりが横行していることにうんざりしていた有権者には、選挙戦後半に向けて中身のある政策論を期待させる行事として関心を集めたようだ。

 しかし、主催者の選挙委員会がパネリストからの質問リストを事前に候補者に通知すると決めたり、個別具体的な問題を議論の対象にしないなどと余計な制約を加えたために、その期待がかなり削がれた中での討論会となった。質問の事前通知は、2014年の大統領選挙討論会でプラボウォ候補が理解できない質問を受けて回答に窮したことがあったので、同候補の陣営から要請があったためらしいとも言われている。 


 ところがいざふたを開けてみると、思いのほか候補者による質疑応答が活発で互いに相手の弱点をつく質問をぶつけ合うなどの「見せ場」もそれなりに生まれたので、討論会は想像以上に多くの話題を提供したようである。そのうちの汚職問題に絡むやりとりに絞って、感想を述べさせて頂きたい。 


 ジョコウィ候補が、プラボウォ候補率いるグリンドラ党の議会選挙候補者名簿に6人もの元汚職服役者がいると切り込み、プラボウォ候補がやや慌てたように「法律で禁じられていない以上、最終的には有権者が決めることだ」と応じた場面は、メディアが繰り返し報じていた。この国の人たちは粗雑な言い方を敬遠するから直接的な表現に気をつけろと教えられてきた者には、ちょっと驚き、ちょっとスッキリというやり取りだった。 


 実はジョコウィ大統領は昨年の断食月に行ったムハマディア執行部との会合で、「法律上禁止されていない元汚職服役者の立候補はその人の権利だ」と明言している。この発言は撤回された形跡はないし、また元汚職服役者を議会選挙で最も多く公認したのはグリンドラ党ではなくジョコウィ大統領を支えるゴルカル党の8人である。

 プラボウォ陣営ではこの事実を含めてあらゆる議論を想定した反撃の材料を用意していたが、陣営幹部によればプラボウォ候補は敢えてその反論を行わないことを選択したと伝えられる。討論会の進行要領が再反論を難しくしたという側面もあるかも知れない。  また、議論で白黒をつけようとすれば発言はどうしても攻撃的にならざるを得ないし、攻撃的な物言いは議論の勝ち負けを超えて有権者の印象を損なうという判断でもあったのだろうか。様子の分からない外国人にはやや物足りなさも残るが、候補者の発言にかかわるあれこれを推測すると興味深くもある。


 同じ元汚職服役者のやり取りで、プラボウォ候補は、「鶏を盗むのはいけないことだが、数兆ルピアの損害を国民に与える行為があれば、それは私が断固排除する。」と、汚職の大小で対応が異なるような発言をしたことも話題になった。

 少し感情を高ぶらせながらの発言で、語るに落ちたというところだろうか。感情をコントロールできない人間だと有権者に判断されたら指導者には大きな失点、というインドネシアの友人の言葉を思い出させる場面でもあった。


 討論会は政策を材料にして議論が進行したことは間違いないが、果たしてそれが有権者の期待する「政策議論」であったかと言うと、残念ながらその評価はまだ低いように見える。

 汚職問題では、両候補とも汚職撲滅の徹底、汚職撲滅委員会の強化などを訴えた。しかしこういう言い古された呪文のような約束では、汚職撲滅は掛け声ばかりで実行が伴わないという国民に染み付いた不信感はとても解消できない。

 プラボウォ候補からは辛うじて汚職撲滅委員会を各州に設置するという意思表示はあった。しかし例えば、汚職撲滅委員会の人員1500人体制の貧弱さ、委員会独自の捜査員の少なさ、汚職立件に「国家の損失」の証明が必要なこと、汚職による資産の没収等々、いちいち例示するとキリがないが、いずれも進展しないのは政治のイニシアチブの欠如が最大の原因だとほとんどの国民が感じている。

 汚職撲滅委員会を強化して汚職を撲滅するにはこれらの各論に具体策をいかに示すかというのが今や喫緊の課題で、総論賛成の段階はとうに過ぎている。両候補のやりとりがメディアで色々に取り上げられたが、視聴者にとってそれは政策論争というよりバラエティー番組のひとこまに過ぎなかったのではないだろうか。打開策を具体的に示せないために、討論会はいつまでも候補者による有権者へのイメージ作戦の場にとどまっているように見える。もっとも翻って日本に思いを巡らせると、とても偉そうなことは言えない。


  第2回の討論会は質問の事前通知を行わないなど、候補者の資質や能力が有権者から理解されやすくなるように運営方法が改善されるらしい。次回はさらに活発な議論が展開されることだろう。(了)



【参考動画】 Debat Capres dan Cawapres Pilpres 2019

 https://www.youtube.com/watch?v=lCeUC8tacQM

 

チカラン日本人会 (CJC)

西ジャワ州ブカシ県チカランやカラワンに住む日本人の集い「チカラン日本人会」は2015年11月に発足。地域のさまざまな情報を交換し、問題を共有、解決を図る組織を目指していきます。

0コメント

  • 1000 / 1000