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轟英明さんのインドネシア・レビュー、第11回 アジア大会で金メダル独占! 伝統的護身術プンチャック・シラットの奥義に迫る ~日本プンチャック・シラット協会会長 早田恭子さんインタビュー前半

しばらく諸事情により休載致しましたことを、遅ればせながらお詫びいたします。 前回はインドネシアのポピュラーカルチャー、特にポピュラー音楽について、研究者の金悠進(キム・ユジン)さんにインタビューしました。音楽そのものよりも、その周辺との関係性について紙面を割いてしまったのは私の関心が反映された結果なのですが、ポピュラー音楽そのものの面白さについて別の機会にまたレポートしたいと思います。 さて、今回も『東南アジアのポピュラーカルチャー』を元にインドネシア現代文化の知られざる一面を書くつもりでしたが、先日閉幕した第18回アジア大会(Asian Games) でのインドネシア大躍進を記念して、伝統的護身術「プンチャック・シラット」(又はシラット)について語りたいと思います。といっても、私自身はシラットが出てくる映画を喜んで観る程度で、自分でシラットを習ったこともないので、前回同様、その道の 専門家にインタビューして、読者の方にその魅力をお伝えできればと思います。 
8月18日から9月2日までジャカルタ及びパレンバンで行われたアジア大会はオリンピックに準ずる規模だったので、日本人選手の応援で観戦に行かれた方も多かったと思います。2年後の東京オリンピックを控えた日本は中国に次ぐ総合メダル獲得数で2位、そして開催国のインドネシアは事前の予想を上回る好成績を収め、合計98個の堂々4位でした。内訳は金31個、銀24個、銅43個でしたが、これら金メダルのうち半数近くの14個がプンチャック・シラット部門で獲得、しかも同部門16種目のうちの14種目での金メダルですから、これはもう「無双」と呼ぶしかない快挙だったと言えるでしょう。 アジア大会インドネシア獲得メダル数 https://en.asiangames2018.id/medals/noc/INA競技最終日には現職ジョコウィ大統領とライバルのプラボウォ大統領候補がそろって観戦したこともあり、メディアもこぞってこの快挙を報じる、まさに「シラット旋風」が吹き荒れたのでした。

城田実さんコラム 第39回 大統領選の争点の裏 (Vo.86 2018年12月24日号メルマガより転載 )

     前回と同じ候補者の戦いとなった大統領選挙。もう少し発展性のある論戦を期待した有権者には失望の選挙戦前半だっただろう。ただ選挙のテクニックやインターネット技術が進歩しているだけに、対立候補のありとあらゆる弱点を、あることないこと取り集めて拡散しているので、話題には事欠かない。  そんな中でなぜもっと議論にならないのか不思議なテーマがある。人権問題である。  改めて取り上げるまでもないが、大統領候補であるプラボウォ氏にまつわる人権侵害疑惑は多い。独裁的と批判されたスハルト体制で、諜報と工作のエリート集団、陸軍特殊部隊のトップに上り詰めた同氏であれば避けられない疑惑であろう。  例えば、スハルト政権末期の民主化運動の最中に23人もの活動家が拉致(らち)されたが、実行犯は特殊部隊の隊員であった。司令官だったプラボウォ氏が濃厚な疑惑だけで終わったのは政治的な決着に過ぎないと思っている国民は少なくないだろう。この疑惑は選挙選での攻撃には格好の材料だし、国の指導者を選ぶ選挙であれば、少なくとも国民に判断の材料を与える必要はあると主張する人もいる。  なぜ議論にならないのだろうか。人権問題は有権者の判断にあまり影響を与えないと言う調査分析がある。また相手を犯罪者扱いするのはインドネシア人の性格に合わないという意見もある。しかしジョコウィ氏も非合法の共産党員という中傷を受け続けているのだから、ジョコウィ氏自身がすでに犯罪者扱いをされていることになる。  実はジョコウィ氏自身が人権問題を取り上げにくい事情を抱えている、という気になる見方がある。ジョコウィ氏は地方の実業家から地方首長を経て、中央政界のしかも大統領候補へ一挙に浮上した。  従って、ジョコウィ氏は中央政界の悪いしがらみにとらわれない清新さを有権者に訴えることができた。前回大統領選挙の公約には、「過去の人権問題」の徹底解明が掲げられていた。しかし、今のジョコウィ氏の周辺には過去の人権問題を抱えた要人がたくさん存在する。ウィラント政治・治安・法務担当調整相もその一人だし、ジョコウィ氏の公式・非公式の選挙対策本部にも多数の退役将軍がいる。スハルト時代の将軍には人権問題に触れられたくないと思う人が少なくない。 
 ジョコウィ氏は、彼が刷新すると乗り込んだ政治の世界で、旧来の政治スタイルに取り込まれてしまったのだろうか。彼が大統領として「過去の人権問題」でやったことと言えば、犠牲者の家族と面会したことぐらいだと突き放した言い方をする人もいる。これに対して、いやいや、そうではない、彼は現実の政治に対応する過程で、さまざまな政治家を巧みに使う経験を重ねているのだ、とジョコウィ氏を強く擁護する意見もある。  魑魅魍魎(ちみもうりょう)の中央政界でわずか4年ということを考えれば、ジョコウィ氏が発揮している指導力は驚くべき成果と言えるかも知れない。もしそうなら、再選された暁には、他国の鑑(かがみ)となるような、大統領の清新さと庶民感覚を次の5年間の任期の中でこそ見せてくれるのではないかと期待も膨らんでくる。
(了)

城田実さんコラム 第38回 イスラムとの向き合い方の行方 (Vo.82 2018年11月26日号メルマガより転載 )

 「イスラムの聖句を焼却」と報じられた事件は、アホック前ジャカルタ州知事の宗教侮辱事件に劣らないセンセーショナルな見出しで、多くの人がその後の進展を心配することになった。ジョコウィ大統領が始めた「全国イスラム寄宿生の日」の式典で起きたこの事件は、聖句を燃やしたのが他ならぬインドネシア最大のイスラム団体であるNU(ナフダトゥル・ウラマ)の青年組織の行動部隊ともいうべきバンセルのメンバーであったために衝撃的だった。最も権威あるイスラム団体の下部機関が自ら聖句を燃やすなどということがあるのかというのが最初の印象だったが、続報を読むうちにイスラム社会の複雑な一面が感じられて来る事件だった。  イスラム聖句が書き込まれた旗を若者が式典会場に持ち込み、出席者の前で振ったのが事件の発端であったらしい。その旗は、昨年7月に政府が非合法化した国際イスラム組織ヒズブット・タハリルのインドネシア組織(HTI)が集会やデモの際に大量に使用して勢力を誇示するシンボルにしてきたので、一般にHTIの旗とみられている。大統領肝入りの式典でそのHTIの旗が振られたのだから、ジョコウィ大統領を支援するバンセルの若者が激昂したのも理解できる。HTIの関係者は、旗にはHTIの文字が入っているわけではなく、焼かれたのは聖句そのものだと攻撃した。こうした経緯を参考にしても、聖句が焼かれたことをムスリムがどのように受け止めるのかは筆者の理解を超えている。インドネシア人のある研究者が行った簡単なインタビューでは、あの旗をHTIの旗と見るか、あるいはイスラム聖句と受け止めるかはほぼ半々に分かれたという。  治安当局には、会場は国旗以外掲揚禁止だったから、旗を持ち込んだ青年もその規則に違反しているとしてけんか両成敗で早く幕を下ろしたい意向が垣間見えた。しかし、この事件を契機にHTIの非合法化は正当な措置だったかという問題提起が再びHTI関係者以外にも広がった現実を踏まえると、問題の中心となるのは、イスラムを個人のレベルだけでなく公的な領域にまで適用しようという動きに対して政府はどのように関与すべきか/できるのかというテーマの根深さであろう。ヒズブット・タハリルは中東諸国を含め18カ国で非合法化されているからインドネシアが特に不当な措置を取っているわけではないという議論は別として、政治や国のあり方にイスラム的なものをどのように、どの程度組み入れていくかという問題は、特にムスリムが多数を占める国々にとって共通の課題だ。 スハルト政権は30年以上にわたって、インドネシア民族の一体性と国是5原則(パンチャシラ)を金科玉条として、政治的にも社会的にも微妙なこの議論が社会で行われること自体を強権的に排除してきた。他方で、今や国民の自由な意思が国政で最大限に尊重される時代になったとは言っても、この問題を国民的なテーマとして一からやり直したら収拾のつかないことになりそうな心配もある。暴走しかねない議論に一定の枠をはめながら、大多数の合意を形成し直すのは考えただけでも大変だと思う。これまでのところインドネシアはうまくバランスを壊さずにやっているように見えるが、この事件を見ると先行きはまだ長そうな印象も受ける。  事件が注目されたもう一つの理由は言うまでもなく選挙がらみだ。対応を誤ると、「イスラム聖句が燃やされたのにジョコウィ大統領はやっぱりイスラムに冷淡だ」という烙印を再び押されかねない。他方で、穏健なNUの支持層に誤解を与えたくもないので、全国的な抗議行動の中でのバンセル解散要求は政府にとっては煩わしい要求であったろう。
 また、アホック知事の事件では、ムスリムか非ムスリムかで社会の分断が進んだが、今回は同じムスリムの間で亀裂が生ずる可能性があると心配する人もいた。選挙キャンペーン中の事件だったのであながち杞憂(きゆう)とは言えない。宗教と政治の微妙な問題を内包しているだけに、事件が紛糾する前に早めに収拾に向かったのは良かったとつくづく思う。(了)

城田実さんコラム 第37回 フリーポートと資源ナショナリズム (Vo.80 2018年11月12日号メルマガより転載 )

 世界最大級の金・銅鉱山グラスベルグの開発、操業、生産を行っている米国鉱業大手の運営子会社フリーポート・インドネシア(FI)社。この名前を最初に聞いたのはいつ頃だったろうかと記憶をたどっていくと、私自身のインドネシアとの関わりのあれこれが、それに引きずられるように思い出されてくる。それほどにこの会社は、あたかも大きな山岳がその周りに深い陰を広げるような存在感があった。 最初に思い出すのは、まだ大使館勤務を始めて間もない1980年前後のころ、インドネシアの環境問題に熱心に取り組んでいるある日本人からFI社による環境破壊の写真を見せられた時だろうか。当時はジャカルタから飛行機で東京に戻るのと同じくらい遠いパプアのそのまた山奥のまっただ中にある鉱山での出来事を、恥ずかしながらその時の私は真剣に考えずにやり過ごしてしまった。 その次は、親しくしていた若い軍人から、FI社の所在地域は軍人として避けられない辺境勤務の中では相対的に快適だという話を聞いた記憶が蘇る。都会生活とは隔絶した場所だが、FI社がなんでも面倒を見てくれるということらしい。逆の見方をすれば、国軍がFIの事実上の警備兵になっているようなものか、とようやくシビアな現実の一端を見る思いがした。今でもFI社所在のミミカ県の地域総生産の90%、パプア州の45%はFI社に依存していると言われており、同社の経済的な存在感は圧倒的である。まして当時は政府機関ばかりか軍まで事実上、FI社に取り込まれていたのが現実なのだろう。環境問題などFI社は気にも留めなかっただろうし、労務や税務でも行政の監督は満足にできなかったろうと思う。 インドネシアは自国の天然資源をいかに国民全体の生活向上につなげるかという課題を民族的な目標としてきた。この目標は45年憲法の33条として、パンチャシラ(建国5原則)と並ぶ憲法の最大の眼目と言ってもあながち間違いではない。インドネシアの学生活動を大使館で担当していた時、ある学生が語っていた。スカルノ初代大統領は外国企業を政治で強引に国有化したが経済破綻を招いた。次のスハルト大統領は外資を導入して産業を育てたが、潤ったのは国内では一部の(華人系)インドネシア人ばかりだった。いつになったら独立の理想が実現できるのかと彼は悔しがっていた。 前回の大統領選挙キャンペーンでも、「インドネシアの豊かな資源が外資に収奪されている」という訴えが素朴な国民の共感を集めていた。今回も「ジョコウィ大統領は外国の手先だ」という攻撃がFI社や石油開発利権などを指していることは大統領自身も認めている。豊かな資源に恵まれたインドネシアが、その資源を国民全体の福利につなげられていないという歴史的なトラウマは今も完全には払拭できないのだろう。インドネシア共和国内で独立した主体のように振舞ってきたFI社はしばしば、そんな資源ナショナリズムの象徴的な存在になってきた。  そのFI社が今年中には、株式の過半数をインドネシア側に譲渡し、会社の運営もインドネシアの国内法に基づいて行われることが本決まりになったと報じられた。関係者には感慨ひとしおだろう。その交渉にはグローバル経済に精通した財務相、国営企業相、エネルギー相の3閣僚を充て、FI社のインドネシア化の受け手と言うべき国営イナルム社の社長に最大手国営銀行の頭取経験者を据えた。ややもすれば暴走しがちな民族感情にしっかりと市場メカニズムの枠をはめながら目的を実現しようとする大統領の慎重な姿勢が窺われる。もし新生するFI社が期待通りの実績を上げることができれば、インドネシア独立史の強い縦糸になってきた資源ナショナリズムに大きな区切りがつくのではないかと、密かに期待している。(了)