Miyajima

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城田実さんコラム 第28回「国軍の台頭に注視する」 (メルマガvol.58より転載)

 ジョコウィ大統領が熱心に進めている土地証書の分配プログラムについて、「人々をあざむくものだ」と批判した国民信託党の重鎮アミン・ライス氏に対するルフット海洋問題調整相の発言が話題になっている。  「あなたの行動履歴を私が知らないとでも思っているのか。自分をクリーンだと思うなら勝手に喋ればいいが、あなたには汚点が沢山ある」。泣く子も黙る陸軍特殊部隊出身の退役大将の言葉だけに凄みがある。   2年以上前にジャカルタ中心街で起きたテロ事件を契機に上程されたテロ撲滅法改正案が国会で延々と審議されている。論点の一つは、テロ対策に国軍の関与をどう認めるかだ。テロ対策を本来任務に加えたい国軍は国会で、「国軍組織は国民生活の末端にまで対応するように整っているから(テロの)不穏な動きはすぐに察知できる」ので、テロ撲滅に十分貢献できると説明したと報じられた。  何気なく読み過ごしたが、これは「国軍はすでに国民生活を監視する態勢にある」と告白しているようなものだ。スハルト政権後の国軍は、治安任務を警察に任せて、国防任務に徹するため兵舎に戻ったのではなかったろうか。   私は、スハルト政権の、軍を中核にした権威主義体制が当時の時代的要請を果たした功績は大きいと評価しているが、その後に民主主義を国造りの中核に据える方向に大きく舵を取ったのもやはり時代の要請だったと思う。その観点からは上記の二つの出来事はやや心配である。 この心配は国民の中にある漠然とした気分にも向けるべきではないか、という気がする。まず今年の統一地方首長選挙に軍人(及び警察官)の進出が目立っている。また大統領の周辺でも首席補佐官や諮問会議などに軍人の登用が増えた。時代は表向き変わったが国軍や警察にはまだ隠然たる影響力があるのだろう。こうした動きに懸念を示す論調もあるが、国民の間にはむしろこれを後押しする声が少なくないらしい。  政治の季節に憎悪表現やニセ情報が溢れ、住民の間ではあつれきや緊張が広がっていることに対する国民の不安や不満がその背景にあるという。実力組織に社会の重石としての期待が集まっているのだろうか。しかしその結果、社会の安定だけを性急に求めたりすると、折角進んできた改革の道筋が横道にズレてしまいそうな気もする。民主的な意見集約に必要な煩雑で長いプロセスに辛抱できなくなって近道を選んだ結果、却って遠回りをしているよその国々を見るにつけ、全くの杞憂とは思いつつやはり気になるところだ。(了)      

池田華子さん「インドネシアの丸かじり」第3回「トウガラシのジャムを丸かじり」

 「トウガラシのジャム」を作ってみた。レシピは、『+62』で連載中の「西宮奈央さんのMasak Kira-Kira」から。  チレボンでバティック工房を主宰している賀集由美子さんが「気に入って何回も作った」と言う。パンに塗って職人さんのおやつにしたら好評で、「これは何? チェリー?」と聞かれたと言う。「食感がチェリーに似てるみたい。チェリーなんて高い物、買うわけないのに〜」。  チェリーに似たジャムが作れるのか、と、俄然、やる気になり、「うまく出来たら瓶詰めして、日本へのお土産にできるかも……?」と野望を膨らませ、家の近くのパサールでトウガラシを買って来た。  使うのは、「チャベ・メラ」「チャベ・ブサール」と呼ばれる、大きくて真っ赤なトウガラシ。いかにも「トウガラシです」という見かけに反して、オレンジ色や黄色、濃い緑色の小さいトウガラシ(チャベ・ラウィット)よりも辛くない種類だ。  小さくて白い種と、種が付いている白いワタの部分を取り除く。辛さ成分はこれで大体、取り除いたつもり。これを端から千切りにする。レシピでは、ざくざく大きめに切っておいて、後からブレンダーにかけるのだが、ブレンダーがないので、この時点で、できるだけ細かく切っておく。  切っているうちに、手がじんじん痛くなり、熱くほてってきた。両手の甲全体が、トウガラシ成分の攻撃を受けている感じ。作っている時点から、すでに、ただならない状況となってきた(手の痛みは丁寧に水洗いしても消えず、数時間続いた)。
  刻んだトウガラシの半量の砂糖を投入し、そのまま置くと、砂糖が自然に溶けて、とろっとしたシロップにトウガラシが浸かっているような状態となる。ジュルック・ニピスの搾り汁を種ごと投入し、火にかける。あっという間にグツグツ煮立ってきた。レシピには「アクは、こまめにすくう」とあるが、鍋全体があくの沸き立ったような状態なので、そのまま放置する。

城田実さんコラム 第27回「 麻薬から見る世相」 (メルマガvol.51より転載)

 ジョグジャカルタの大学に留学していた頃、ある学生からガンジャ(大麻の一種)をやらないかと誘われたことがある。下宿からキャンパスまでベチャに乗って75ルピアか100ルピアだったころである。幸いなことに何の幻覚作用も感じず、ガンジャ体験はそれきりで終わった。  スマトラのアチェでは地方料理の味付けにガンジャは欠かせないから、麻薬撲滅は住民の反対で進まないだろう、と彼は言っていた。当時でもガンジャは禁止薬物だったし、アチェ分離独立運動のグループによるガンジャ栽培も問題になっていた。今の大統領の母校でもある名門大学のキャンパスで、知り合ったばかりの外国人に気軽にガンジャを勧める態度が、それほどの違和感を与えないという雰囲気自体が不思議だった。世の中全体がのんびりしていたのかも知れない。  近年、摘発される麻薬事犯の規模の大きさには驚かされる。トン単位で密輸麻薬が発見され、麻薬取引による資金の洗浄が摘発されたという記事では6.4兆ルピアという膨大な数字が報じられている。大統領も、国内の麻薬常用者は420万人、麻薬で死亡する人が毎日37人、経済的損失は72兆ルピアに達すると深刻な事態を改めて明らかにして、これは麻薬戦争だとその撲滅に強い決意を示している。流通している麻薬も圧倒的に外国から流入している。今やインドネシアは国際的な麻薬シンジケートの国際流通網に組み入れられているだけでなく、この国自体が大きなターゲットになっていると当局は危機感を募らせている。  この麻薬戦争の最中に、ガンジャは香辛料ですかなどと聞いたらほとんど正気扱いされないだろう。当時、伝統のバティックの多くは輸入の化学染料を使っていると聞いても信用しない人がまだ少なからずいた。ガンジャとバティックを同列に論じたら怒られるかもしれないが、インドネシアを取り巻く国際環境はこんなところでも様変わりだ。違いは、インドネシア側が国際環境の方に働きかけられる立場になってきたことではないだろうか。その変化を前に進めるためにも次の選挙は本当に大事なのだろう。 (了)  

城田実さんコラム第26回「ジョコウィ、外交で存在感」(メルマガvol.53より転載)

 ジョコウィ大統領は、内政面ではジャワ島縦貫の高速道路建設にも目鼻が付き、広大な群島内の海域には高速の定期海運網を構築するなど、眼を見張るインフラ整備で脚光を浴びている。その成果が華やかなだけに、外交面での地味さが目立つのはある程度止むを得ない。 
 米国とロシアを向こうに回して第3世界のリーダーを自任したスカルノ大統領は別格にしても、開発一途に見えたスハルト大統領でも、東南アジアの地域問題については「インドネシアの了解なしに話は進めさせない」という存在感があった。  インドネシアが国際舞台で脚光を浴びた過去を経験したり、称賛する人たちにとっては、ジョコウィ外交には物足りなさが残るであろう。経済外交は民族的な高揚感とはどうしても縁が薄い。 そのインドネシアがようやく、長い「外交埋没」の時代を経て、再び国際舞台で存在感を示し始めたように見える。まず注目されたのはロヒンギャ難民問題への対応だ。大統領は即座に外相をミャンマーに派遣し、自らもバングラデシュの難民キャンプを訪問している。ASEAN(東南アジア諸国連合)域内の事件でかつイスラム関連宗教問題と条件が揃えば、インドネシアのためにお膳立てされたような国際問題だと受け止めたのかもしれない。何と言ってもインドネシアは世界最大のムスリム人口を抱えた穏健な国家なのだという自意識も刺激されただろう。  次には、今年1月に大統領がアフガニスタンを訪問し、そのわずか1カ月後に今度はカラ副大統領が同国での和平プロセス会議に参加した。3月中頃には、アフガニスタンとパキスタンそしてインドネシアのイスラム学者らが参集して話し合う場をインドネシア政府が用意することになった。アフガニスタンの平和構築と国造りにタリバン勢力らが加わるための環境作りであろう。 政治の季節に入って、「どちらの陣営がイスラムに優しいか」という選挙運動が増えている。ジョコウィ氏再選を掲げるあるイスラム団体は、さきの二つの外交活動を例に上げて「イスラムのために国際社会でも奮闘するジョコウィ大統領」と訴えた。外交と内政は切り離せないが、折角の外交努力が内政に振り回されないように願いたいものだ。(了)  

城田実さんコラム 第25回 食料の輸入が持つ意味 (メルマガvol.51より転載)

 インドネシアの経済を議論するある会合で、インドネシアの野菜と果物の輸入が急増しているという報告があった。報告者は、「この傾向が続くと国内から複雑な反応が出てくるかも知れない」とコメントしていた。 スハルト大統領を退陣に追い込むことになる激しい反政府運動と暴動が首都を揺るがせていた時、私はたまたまバリ島のデンパサール勤務だった。バリは首都の騒乱が他人事のように落ち着いていたが、それでも市内の大学キャンパスでは連日、抗議集会が行われていた。  その中で妙に記憶に残っているのが、スハルト政権による農業政策の失敗を追求する大学の若手教官らしい人物のアジ演説だ。彼は、「バンコク・パパイヤ」など外国の地名を冠した果物などをやり玉に挙げて、「こんな呼び名の野菜や果物が国内に広まっているにもかかわらず、恥ずかしいという感覚すらなくした大統領に祖国を任せるわけにはいかない」と声を張り上げていた。その時の情景までが一緒に蘇ってくる。  インドネシアの国民的な愛唱歌に(緑なす椰子の木)という美しい曲がある。この曲には、「我が祖国、肥沃な大地、豊かに栄えよ」という一節があって、麗しいこの国の景観にぴったりと溶け込んでいる。インドネシアの人たちは小学校に入るか入らないかという頃から、この曲を歌いながら先祖伝来の自然の恵みに感謝し、この土地に生を受けたことを誇りに思う心情を育んでいるのであろう。人工的な豊かさに慣れ過ぎてしまった人間にとっては、うらやましさすら感じるところだ。   ショッピングモールの登場が象徴するようにすっかり消費スタイルが変わってしまった今のインドネシアでは、いかに国内が混乱しようと、バンコク・パパイヤに目くじらを立てる人はもう現れることはないだろう。

 しかし、かつては過酷な強制栽培制度でオランダの財政の3割以上を支えたとも言われたインドネシアの豊穣な大地である。祖国愛にあふれたインドネシア人にとっては、主食のコメや砂糖まで輸入せざるを得ない状況を見せつけられると、ため息だけではなく憤まんの声が上がるのも仕方ないかもしれない。 (了) 

生島尚美さんエッセイ / 新・バリ一代ドタバタ記 (メルマガvol. 50より転載)

 皆さん、こんにちは!  バリ島よりsisi生島尚美がお送りします。 まずはアグン山についてですが、すっかり私たち在住者は「普通」の状況と感じています。 ちょこちょこ起こっている小規模な噴火も、風向きが東側(隣のロンボク島には申し訳ない)な限り空港への影響もなく、のんびりしたものです。  ただ、非常に減ったとは言え、火口から4km圏内の地元の人たちはまだ避難中であるようです。しかし、年末年始に「バリ行き」をやむなくキャンセルした方々がこの時期に「今回は絶対来たくて!」とご連絡を下さって本当にうれしい気持ちでいっぱいです。頑張るぞ〜   さてさて、前回までのお話はsisiのバッグをひとつずつ売って、素晴らしい設計士にも会え、遂に「夢の家」を建てるぞ!と言うところでした。  私はその時までお店をいくつか建てたりしたことはあったものの、「家」をゼロから建てることなんて日本ですらありませんでした。 家を建てる「その土地」は道に向かって中途半端な三段階の高低差があり、それをまず平らにしてから工事をスタートさせなくてはならないだろう、という話でした。高い所を削って低い所を埋める。それだけでまずコストと時間がかかるよ〜、と言われていたのですが、現場を見た女性ジャカルタ人設計士のEさんが「この段差を利用して立体感のある素敵な家を作りましょうよ」と言ってくれました。

城田実さんコラム第24回 地方首長選が織りなすドラマ(メルマガvol.49より転載)

 今年の統一地方首長選挙は実に話題が豊富だ。その中で、真面目な研究者や政治評論家だけでなく、ちょっとバラエティー番組的な視点で目を引くのはやはり東ジャワ州知事選挙だろうか。  現職のサイフラ・ユスフ副知事が知事に立候補し、その副知事候補には国会議員のプティ・グントゥール・スカルノが選ばれた。この名前だけでぴんと来る人も多いだろう。ユスフ氏はこの国最大のイスラム団体ナフダトゥール・ウラマー(NU)創設の功労者ビスリ・シャンスリ師の曾(ひ)孫、プティ氏は建国の父スカルノ初代大統領の孫である。メガワティ元大統領のめいになる。 
 このふたりの組み合わせが注目されるのは、やはり東ジャワという土地柄が大きな理由だろう。スカルノは州都スラバヤ生まれで、バンドン工科大学に進む前の成長期をスラバヤで過ごした。州内のブリタール市には立派なお墓がある。一方、NUにとって東ジャワはNU創設の地であり、牙城でもある。例えばスラバヤから1時間ほどのジョンバン市はイスラム学生の街と言われ、数千人の生徒や学生が学ぶイスラム塾がいくつもある。東ジャワはインドネシア国家と民族を形成する大きな潮流となった民族主義とイスラムの故郷とも言える。   名門の血筋のふたりがこれほど格好の舞台に登場したのだから、対立候補などおそれ多いと思いきや、女性ムスリムの間で人気が高い閣僚経験者のコフィファ・インダル・パラワンサ氏が出馬したので東ジャワがますます注目されている。日本との関係では、その副知事候補であるエミル・ダルダック氏が立命館アジア太平洋大学で開発経済学博士を22歳の最年少で取得したことに目が向くが、彼は一昨年、31歳の若さでトゥレンガレック県知事に就任した気鋭の政治家だ。テレビ討論でも堂々としていて論旨も要を得ている。  今年の統一首長選挙の有権者は全有権者数の75%を超えるマンモス選挙。候補者は背水の陣だろうが、来年の議会選挙と大統領選挙を控えた政党も必死だ。それゆえに、各地では様々なドラマ、良くも悪しくもこれぞインドネシアというドラマが展開されるのだろう。無責任な観客気分はどうしても抜けないが、しっかりドラマの展開を見届けたい。(了)

轟英明さんのインドネシア・レビュー、 第5回 『悪魔の奴隷』が描く恐怖とは何か?

  前回まではインドネシアの国家英雄であるチュッ・ニャ・ディン、カルティニ、タン・マラカについて映画や書籍を通して語ってきました。今回からはややお堅い国家英雄の話からは離れ、もう少し俗な話題を取り上げていきたいと思います。まずはインドネシア人が大好きなオバケに関連した話から。オバケと聞いて眉をひそめる方もいるかもしれませんが、オバケが分かればインドネシアのことも分かるはず!と信じてつらつら書いてみようと思います。  ここ数年のインドネシア映画界が産業としても好調なことは、チカランやジャカルタの映画館へ最近行かれた方は肌で感じていると思います。年々増加するスクリーン数と映画鑑賞人口には海外投資家も注目し始めており、わずか15年前は古い映画館の閉鎖が続き、街中に海賊版DVDやVCDの露天商が溢れていたことが嘘のようです。多くのインドネシア人観客を集めている作品はティーン向けロマンス、あるいはイスラーム教風味のロマンス、またはコメディだったりするのですが、ジャンルとして強固に観客から支持されているものの一つとしてホラーものがあります。(以後、「怪奇映画」というやや古臭いながらもおどろどろしさを感じさせる用語を用います)  驚くべきことに昨年2017年のインドネシア国産映画観客動員数ベスト10のうち5本が怪奇映画なのです。そして堂々観客動員数第1位となったのは、今回紹介する映画『悪魔の奴隷』(Pengabdi Setan) でした。100万人突破すればヒット作品と言われるインドネシア映画界でなんと420万人超の観客を集め、しかもここ10年間の中でも歴代第4位、怪奇映画としては空前の大ヒット作となりました。マレーシアやフィリピンなど近隣国でも上映されて好評を博し、マレーシアでは近年のインドネシア映画の中では最大のヒット作になったと報じられました。

候補地デルタマスに決定。 19年4月開校目指す、東部ジャカルタ日本人学校。 (2017年12月21日じゃかるた新聞紙面より)。 

 西ジャワ州ブカシ県やカラワン県に住む邦人を対象にした東部ジャカルタ日本人学校(仮称)の設立準備委員会はこのほど、学校建設に向けた土地選定を終え、デルタマス(西ジャワ州ブカシ県チカランの複合開発地域)を候補地とすることを決めた。文部科学省への申請や資金の確保など課題は残るが、2019年4月の開校を目指し、活動を進めていく。  候補地はデルタマスの工業団地グリーンランド国際工業センター(GIIC)マーケティングオフィス近くの約4ヘクタールの土地。チカンペック高速道出口から1.5キロほど南に位置する。  設立準備委員会は6月に初会合を開いた後、土地選定に向けて候補地の条件を検討してきた。 その後、不動産業者向けに開かれた説明会では、ブカシ、カラワン間に位置しており、3ヘクタール以上の面積がある▽近隣に日本人が住めるような住宅や総合病院が存在する、またはその建設計画がある▽洪水の危険がなく風通しが良い——といった環境面での条件を提示した。 募集に対してデルタマスを運営するプラデルタ・レスタリ(双日、不動産開発大手シナールマス・ランドが出資)など、不動産開発業4社が名乗りを上げた。 委員会は各候補からのヒヤリングや土地の現場視察などを実施。11月末の委員会会合でデルタマス内の敷地を候補地とすることを全会一致で決議した。 土地建物について比較的好条件で賃貸することで、初期費用を含めた資金負担が最も軽くなることや、候補地の隣接地に日本人向けアパートメントを建設する計画など、総合的なパッケージを提供したことが決め手となった。 19年開校のためには今後、運営母体となる法人設立の準備を進め、18年5月ごろまでに文部科学省へ申請する必要がある。運営資金調達のあり方についても検討を続けている。 設立準備委員会はジャカルタの東方に拠点を持つ製造企業を中心としたジャカルタ・ジャパンクラブ(JJC)法人会員、チカラン日本人会(CJC)、日系工業団地管理会社などからの委員19人とアドバイザーで構成される。阿部栄一委員長は「資金面での支援も含め候補地が決まったのは大きな前進。どのような運営体制としていくかなど、まだまだ課題は多いが一つずつ着実に進めていく。そのために邦人の皆さまのご支援とご協力をお願いしたい」と話した。(記事・平野慧記者)