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城田実さんコラム 第41回 アホック釈放が社会に与える影響とは? (Vo.92 2019年2月25日号メルマガより転載 )

  アホック前ジャカルタ州知事が20ヶ月の禁固刑を終えて釈放された。折から大統領選挙戦の終盤で両陣営が最後の追い込みに拍車をかけている時期でもあるので、アホック氏の政治的な去就に大きな関心が集まったのは自然の成り行きであった。既に旧聞に属する話の蒸し返しで恐縮だが、やはり意味深い事件だったように思われる。 アホック氏はジョコウィ大統領がジャカルタ州知事だった時の副知事で、ジョコウィ氏の大統領就任に伴って知事に昇格した。住民自治に具体的な実績をもたらすことを最優先して、前例やしがらみなどには全くとらわれないという清新さが二人に共通する政治姿勢として評価されていた。その意味では理想的なカップルであったし、政界ではアホック氏はジョコウィ氏の政治的な盟友のように見られていた。 アホック氏による「宗教侮辱」に対する激しい抗議運動が、実はそのままジョコウィ氏への攻撃になって、ジョコウィ大統領再選の動きを牽制する強力な政治運動の性格をも併せて帯びていたのは、二人の間にこうした緊密な関係があったからだろう。反ジョコウィ陣営はこれによってアホック発言を最大限利用する千載一遇のチャンスを獲得し、その結果得られた知事選挙での勝利という成功体験が、大統領選挙戦の本番にも引き継がれて今に至っている。従って、今年の選挙がイスラムを大きな軸にして展開されるのはやむを得ないところがある。 大統領選挙との関係で言えば、ジョコウィ氏が最大のイスラム組織NUの最高指導者であるマアルフ・アミン氏を副大統領候補に選んだことでアホックを取り巻く政治環境はもう一つ複雑になった。マアルフ氏は、イスラムの戒律を解釈する国内の最高権威とされるイスラム学者会議の議長として、アホック発言を宗教の冒涜と正式に認定した。このためジョコウィ氏の決定はアホック支持層らに大きな失望を与え、選挙棄権の雰囲気がこれを契機に広がったとも言われる。他方でアホック氏がジョコウィ選対に加われば、マアルフ氏の副大統領候補指名でジョコウィ支持に留まっている人々の中から離反者が出るだろうと言われている。 アホック氏を巡るこうした複雑な政治環境は政界に様々な思惑を生んだ。カラ副大統領が、アホック氏の本格的なジョコウィ陣営入りに慎重な意見を述べ、トヒール選対委員長は反対に積極的に受け入れる姿勢を示したと報じられたことにも、その複雑さの一端が現れている。こうした中でアホック氏は、(大統領選挙戦が終わる)4月末か5月頃まではゆっくり自由の身で旅をしたいと友人にメールを送ったと伝えられた。熟慮の上の政治判断であろう。日本も旅行計画先に入っているらしい。アホック氏の政界復帰を巡る思惑は大統領選挙後に繰り越されそうだ。   しかしこれら一連の「アホック事件」の余波で最も懸念されるのは、大統領選挙への影響よりも、事件以降の政治がもたらした人々の意識の変化ではないだろうか。アホック事件は宗教上の怒りが政治的に利用されて知事選挙の勝敗を左右する結果を招いたが、影響はそこに止まらず、その後の大統領選挙戦では、イスラム的であるかどうか、が有権者の投票行動を大きく左右するとして、候補者は争ってムスリム寄りのキャンペーンを展開するようになった。この結果、宗教的にも多様な社会を普通に受け入れていたはずの人々にまで偏狭な意識を植え付け、社会を分断しかねない方向に人々の意識が退化しているのではないかと懸念が広がっている。 独立から70年を超える歴史は、民族の多様性の前提である「違い」を克服して、多様性が国民に自然に受け入れられるようにするための紆余曲折の道のりであったと見ることもできる。卑近な例だが、私が留学中のスハルト政権のはじめ頃にはまだ地方の出身別の寮があって、種族の違いがしばしばけんかの原因になることがあった。結婚も同じ種族であることが親にとっては大事と語る人もいた。そういう世相は今、すっかり影を潜めている。種族はもはや大きな「違い」ではなくなった。宗教の違いは種族よりもずっと難しい道のりだったが、それでも克服の道筋がようやく見え始めていたと思う。その象徴的なケースがアホック氏であった。 ジャワ人どころかいわゆる「純粋なインドネシア人」ですらない華人系で、しかもクリスチャン、加えて話し方もあまりに直截(ちょくせつ)で粗雑。その彼が一時期は70%を大きく超える支持率を得ていた。当然その多数はムスリムが占める。私が初めて接した頃のインドネシアからは夢想だにできない出来事である。
 メトロポリタンでの現象とは言え、改革の時代に入ってから僅か20年、スハルト政権末期の社会変化の時代を入れても社会が急速に開放的になり、人々の意識も大きく変わってきたように見えた。その他の諸々の社会事象を勘案すればこの「アホック現象」はたまたま起きた特異な事象でないことは明らかだ。 しかし今、社会は再び「我々」と「彼ら」の違いをわざわざ作り出していがみ合う状況が生まれている。違いを乗り越えるためのこれまでの歴史に逆行している。しかも政治を超えた社会現象としてこの流れが定着してしまいそうな心配がある。最初は政治的な思惑での人為的な反動だったのかも知れないが、動き始めた社会現象は政治の季節の終了ではもはや簡単に止まらないかも知れないという怖れがある。 アホック氏の復帰というのはこうした社会現象に絡んだテーマではなかろうか。アホック氏は、服役中に新しい自分を発見したと語り、今後は自分をアホックではなく、BTP(バスキ・チャハヤ・プルナマの略称)と呼んで欲しいと述べているらしい。全く新しく出直す覚悟なのだろう。彼の復帰がどのように社会に受け入れられるのか、あるいは拒否されるのかは、これからのインドネシアを見る上での指標になりそうな気がする。インドネシアの政治が「アイデンティティー政治」ではなく「多様性の政治」と再び呼ばれるよう、本来の軌道に戻ることはできるのだろうか。(了)

城田実さんコラム 第40回 大統領選ディベートで見えたもの (Vo.91 2019年1月28日号メルマガより転載 )

 大統領選挙の候補者討論会が始まった。ネット上の中傷や偽情報あるいは陣営拡大の駆け引きばかりが横行していることにうんざりしていた有権者には、選挙戦後半に向けて中身のある政策論を期待させる行事として関心を集めたようだ。 しかし、主催者の選挙委員会がパネリストからの質問リストを事前に候補者に通知すると決めたり、個別具体的な問題を議論の対象にしないなどと余計な制約を加えたために、その期待がかなり削がれた中での討論会となった。質問の事前通知は、2014年の大統領選挙討論会でプラボウォ候補が理解できない質問を受けて回答に窮したことがあったので、同候補の陣営から要請があったためらしいとも言われている。  ところがいざふたを開けてみると、思いのほか候補者による質疑応答が活発で互いに相手の弱点をつく質問をぶつけ合うなどの「見せ場」もそれなりに生まれたので、討論会は想像以上に多くの話題を提供したようである。そのうちの汚職問題に絡むやりとりに絞って、感想を述べさせて頂きたい。  ジョコウィ候補が、プラボウォ候補率いるグリンドラ党の議会選挙候補者名簿に6人もの元汚職服役者がいると切り込み、プラボウォ候補がやや慌てたように「法律で禁じられていない以上、最終的には有権者が決めることだ」と応じた場面は、メディアが繰り返し報じていた。この国の人たちは粗雑な言い方を敬遠するから直接的な表現に気をつけろと教えられてきた者には、ちょっと驚き、ちょっとスッキリというやり取りだった。  実はジョコウィ大統領は昨年の断食月に行ったムハマディア執行部との会合で、「法律上禁止されていない元汚職服役者の立候補はその人の権利だ」と明言している。この発言は撤回された形跡はないし、また元汚職服役者を議会選挙で最も多く公認したのはグリンドラ党ではなくジョコウィ大統領を支えるゴルカル党の8人である。 プラボウォ陣営ではこの事実を含めてあらゆる議論を想定した反撃の材料を用意していたが、陣営幹部によればプラボウォ候補は敢えてその反論を行わないことを選択したと伝えられる。討論会の進行要領が再反論を難しくしたという側面もあるかも知れない。
 また、議論で白黒をつけようとすれば発言はどうしても攻撃的にならざるを得ないし、攻撃的な物言いは議論の勝ち負けを超えて有権者の印象を損なうという判断でもあったのだろうか。様子の分からない外国人にはやや物足りなさも残るが、候補者の発言にかかわるあれこれを推測すると興味深くもある。 同じ元汚職服役者のやり取りで、プラボウォ候補は、「鶏を盗むのはいけないことだが、数兆ルピアの損害を国民に与える行為があれば、それは私が断固排除する。」と、汚職の大小で対応が異なるような発言をしたことも話題になった。 少し感情を高ぶらせながらの発言で、語るに落ちたというところだろうか。感情をコントロールできない人間だと有権者に判断されたら指導者には大きな失点、というインドネシアの友人の言葉を思い出させる場面でもあった。 討論会は政策を材料にして議論が進行したことは間違いないが、果たしてそれが有権者の期待する「政策議論」であったかと言うと、残念ながらその評価はまだ低いように見える。 汚職問題では、両候補とも汚職撲滅の徹底、汚職撲滅委員会の強化などを訴えた。しかしこういう言い古された呪文のような約束では、汚職撲滅は掛け声ばかりで実行が伴わないという国民に染み付いた不信感はとても解消できない。 プラボウォ候補からは辛うじて汚職撲滅委員会を各州に設置するという意思表示はあった。しかし例えば、汚職撲滅委員会の人員1500人体制の貧弱さ、委員会独自の捜査員の少なさ、汚職立件に「国家の損失」の証明が必要なこと、汚職による資産の没収等々、いちいち例示するとキリがないが、いずれも進展しないのは政治のイニシアチブの欠如が最大の原因だとほとんどの国民が感じている。 汚職撲滅委員会を強化して汚職を撲滅するにはこれらの各論に具体策をいかに示すかというのが今や喫緊の課題で、総論賛成の段階はとうに過ぎている。両候補のやりとりがメディアで色々に取り上げられたが、視聴者にとってそれは政策論争というよりバラエティー番組のひとこまに過ぎなかったのではないだろうか。打開策を具体的に示せないために、討論会はいつまでも候補者による有権者へのイメージ作戦の場にとどまっているように見える。もっとも翻って日本に思いを巡らせると、とても偉そうなことは言えない。  第2回の討論会は質問の事前通知を行わないなど、候補者の資質や能力が有権者から理解されやすくなるように運営方法が改善されるらしい。次回はさらに活発な議論が展開されることだろう。(了)【参考動画】
Debat Capres dan Cawapres Pilpres 2019 https://www.youtube.com/watch?v=lCeUC8tacQM 

轟英明さんのインドネシア・レビュー、第11回 アジア大会で金メダル独占! 伝統的護身術プンチャック・シラットの奥義に迫る ~日本プンチャック・シラット協会会長 早田恭子さんインタビュー前半

しばらく諸事情により休載致しましたことを、遅ればせながらお詫びいたします。 前回はインドネシアのポピュラーカルチャー、特にポピュラー音楽について、研究者の金悠進(キム・ユジン)さんにインタビューしました。音楽そのものよりも、その周辺との関係性について紙面を割いてしまったのは私の関心が反映された結果なのですが、ポピュラー音楽そのものの面白さについて別の機会にまたレポートしたいと思います。 さて、今回も『東南アジアのポピュラーカルチャー』を元にインドネシア現代文化の知られざる一面を書くつもりでしたが、先日閉幕した第18回アジア大会(Asian Games) でのインドネシア大躍進を記念して、伝統的護身術「プンチャック・シラット」(又はシラット)について語りたいと思います。といっても、私自身はシラットが出てくる映画を喜んで観る程度で、自分でシラットを習ったこともないので、前回同様、その道の 専門家にインタビューして、読者の方にその魅力をお伝えできればと思います。 
8月18日から9月2日までジャカルタ及びパレンバンで行われたアジア大会はオリンピックに準ずる規模だったので、日本人選手の応援で観戦に行かれた方も多かったと思います。2年後の東京オリンピックを控えた日本は中国に次ぐ総合メダル獲得数で2位、そして開催国のインドネシアは事前の予想を上回る好成績を収め、合計98個の堂々4位でした。内訳は金31個、銀24個、銅43個でしたが、これら金メダルのうち半数近くの14個がプンチャック・シラット部門で獲得、しかも同部門16種目のうちの14種目での金メダルですから、これはもう「無双」と呼ぶしかない快挙だったと言えるでしょう。 アジア大会インドネシア獲得メダル数 https://en.asiangames2018.id/medals/noc/INA競技最終日には現職ジョコウィ大統領とライバルのプラボウォ大統領候補がそろって観戦したこともあり、メディアもこぞってこの快挙を報じる、まさに「シラット旋風」が吹き荒れたのでした。

城田実さんコラム 第39回 大統領選の争点の裏 (Vo.86 2018年12月24日号メルマガより転載 )

     前回と同じ候補者の戦いとなった大統領選挙。もう少し発展性のある論戦を期待した有権者には失望の選挙戦前半だっただろう。ただ選挙のテクニックやインターネット技術が進歩しているだけに、対立候補のありとあらゆる弱点を、あることないこと取り集めて拡散しているので、話題には事欠かない。  そんな中でなぜもっと議論にならないのか不思議なテーマがある。人権問題である。  改めて取り上げるまでもないが、大統領候補であるプラボウォ氏にまつわる人権侵害疑惑は多い。独裁的と批判されたスハルト体制で、諜報と工作のエリート集団、陸軍特殊部隊のトップに上り詰めた同氏であれば避けられない疑惑であろう。  例えば、スハルト政権末期の民主化運動の最中に23人もの活動家が拉致(らち)されたが、実行犯は特殊部隊の隊員であった。司令官だったプラボウォ氏が濃厚な疑惑だけで終わったのは政治的な決着に過ぎないと思っている国民は少なくないだろう。この疑惑は選挙選での攻撃には格好の材料だし、国の指導者を選ぶ選挙であれば、少なくとも国民に判断の材料を与える必要はあると主張する人もいる。  なぜ議論にならないのだろうか。人権問題は有権者の判断にあまり影響を与えないと言う調査分析がある。また相手を犯罪者扱いするのはインドネシア人の性格に合わないという意見もある。しかしジョコウィ氏も非合法の共産党員という中傷を受け続けているのだから、ジョコウィ氏自身がすでに犯罪者扱いをされていることになる。  実はジョコウィ氏自身が人権問題を取り上げにくい事情を抱えている、という気になる見方がある。ジョコウィ氏は地方の実業家から地方首長を経て、中央政界のしかも大統領候補へ一挙に浮上した。  従って、ジョコウィ氏は中央政界の悪いしがらみにとらわれない清新さを有権者に訴えることができた。前回大統領選挙の公約には、「過去の人権問題」の徹底解明が掲げられていた。しかし、今のジョコウィ氏の周辺には過去の人権問題を抱えた要人がたくさん存在する。ウィラント政治・治安・法務担当調整相もその一人だし、ジョコウィ氏の公式・非公式の選挙対策本部にも多数の退役将軍がいる。スハルト時代の将軍には人権問題に触れられたくないと思う人が少なくない。 
 ジョコウィ氏は、彼が刷新すると乗り込んだ政治の世界で、旧来の政治スタイルに取り込まれてしまったのだろうか。彼が大統領として「過去の人権問題」でやったことと言えば、犠牲者の家族と面会したことぐらいだと突き放した言い方をする人もいる。これに対して、いやいや、そうではない、彼は現実の政治に対応する過程で、さまざまな政治家を巧みに使う経験を重ねているのだ、とジョコウィ氏を強く擁護する意見もある。  魑魅魍魎(ちみもうりょう)の中央政界でわずか4年ということを考えれば、ジョコウィ氏が発揮している指導力は驚くべき成果と言えるかも知れない。もしそうなら、再選された暁には、他国の鑑(かがみ)となるような、大統領の清新さと庶民感覚を次の5年間の任期の中でこそ見せてくれるのではないかと期待も膨らんでくる。
(了)

城田実さんコラム 第38回 イスラムとの向き合い方の行方 (Vo.82 2018年11月26日号メルマガより転載 )

 「イスラムの聖句を焼却」と報じられた事件は、アホック前ジャカルタ州知事の宗教侮辱事件に劣らないセンセーショナルな見出しで、多くの人がその後の進展を心配することになった。ジョコウィ大統領が始めた「全国イスラム寄宿生の日」の式典で起きたこの事件は、聖句を燃やしたのが他ならぬインドネシア最大のイスラム団体であるNU(ナフダトゥル・ウラマ)の青年組織の行動部隊ともいうべきバンセルのメンバーであったために衝撃的だった。最も権威あるイスラム団体の下部機関が自ら聖句を燃やすなどということがあるのかというのが最初の印象だったが、続報を読むうちにイスラム社会の複雑な一面が感じられて来る事件だった。  イスラム聖句が書き込まれた旗を若者が式典会場に持ち込み、出席者の前で振ったのが事件の発端であったらしい。その旗は、昨年7月に政府が非合法化した国際イスラム組織ヒズブット・タハリルのインドネシア組織(HTI)が集会やデモの際に大量に使用して勢力を誇示するシンボルにしてきたので、一般にHTIの旗とみられている。大統領肝入りの式典でそのHTIの旗が振られたのだから、ジョコウィ大統領を支援するバンセルの若者が激昂したのも理解できる。HTIの関係者は、旗にはHTIの文字が入っているわけではなく、焼かれたのは聖句そのものだと攻撃した。こうした経緯を参考にしても、聖句が焼かれたことをムスリムがどのように受け止めるのかは筆者の理解を超えている。インドネシア人のある研究者が行った簡単なインタビューでは、あの旗をHTIの旗と見るか、あるいはイスラム聖句と受け止めるかはほぼ半々に分かれたという。  治安当局には、会場は国旗以外掲揚禁止だったから、旗を持ち込んだ青年もその規則に違反しているとしてけんか両成敗で早く幕を下ろしたい意向が垣間見えた。しかし、この事件を契機にHTIの非合法化は正当な措置だったかという問題提起が再びHTI関係者以外にも広がった現実を踏まえると、問題の中心となるのは、イスラムを個人のレベルだけでなく公的な領域にまで適用しようという動きに対して政府はどのように関与すべきか/できるのかというテーマの根深さであろう。ヒズブット・タハリルは中東諸国を含め18カ国で非合法化されているからインドネシアが特に不当な措置を取っているわけではないという議論は別として、政治や国のあり方にイスラム的なものをどのように、どの程度組み入れていくかという問題は、特にムスリムが多数を占める国々にとって共通の課題だ。 スハルト政権は30年以上にわたって、インドネシア民族の一体性と国是5原則(パンチャシラ)を金科玉条として、政治的にも社会的にも微妙なこの議論が社会で行われること自体を強権的に排除してきた。他方で、今や国民の自由な意思が国政で最大限に尊重される時代になったとは言っても、この問題を国民的なテーマとして一からやり直したら収拾のつかないことになりそうな心配もある。暴走しかねない議論に一定の枠をはめながら、大多数の合意を形成し直すのは考えただけでも大変だと思う。これまでのところインドネシアはうまくバランスを壊さずにやっているように見えるが、この事件を見ると先行きはまだ長そうな印象も受ける。  事件が注目されたもう一つの理由は言うまでもなく選挙がらみだ。対応を誤ると、「イスラム聖句が燃やされたのにジョコウィ大統領はやっぱりイスラムに冷淡だ」という烙印を再び押されかねない。他方で、穏健なNUの支持層に誤解を与えたくもないので、全国的な抗議行動の中でのバンセル解散要求は政府にとっては煩わしい要求であったろう。
 また、アホック知事の事件では、ムスリムか非ムスリムかで社会の分断が進んだが、今回は同じムスリムの間で亀裂が生ずる可能性があると心配する人もいた。選挙キャンペーン中の事件だったのであながち杞憂(きゆう)とは言えない。宗教と政治の微妙な問題を内包しているだけに、事件が紛糾する前に早めに収拾に向かったのは良かったとつくづく思う。(了)